こんにちは。気功家で整体研究家のワタナベです。
自分は早くに気の感覚が分かったので、気の修練は楽しかったし、またそれで自分がどこまで面白い世界に行けるのだろうとワクワクする感じがしました。
気の修練を日々やっていって、どうなるのか、と訊かれることもありますが、まず以下の3つのメリットがあります。
- 単純に自分の体内の血の巡りが良くなり、健康法として役立ちます。
- 邪気が分かったり、自分の運気が分かったりするので、邪気払いをしたりエネルギーのチャージをしたり、効率よく自分と周辺の環境と付き合うことが可能になります。
- 他人の気の滞りや邪気の付いている箇所が分かるので、ヒーリングに役立てることも可能です。
自分たちの人生に影響を与えているけど、多くの人が気付いていない振動数の細かいエネルギーの次元へ参入することで、より快適に、より自由に生きることが可能になってきます。
(肉体がある以上、制限やら不自由なことからは逃れられないのですが・・・)。
もう1つの次元を生きる意味
気の修練は、もともとあったスピリチュアル的な要素が抜かれ、「気功」ということで健康法としての側面ばかり知られています。
仙道を産んだ中国ですが、20世紀中盤に文化大革命などもあったので、科学的に見せるために、スピリチュアル的要素をカットしたという事情もあったのですが。
しかし、気功の源流は仙道であり、気のエネルギーを使って自分の内面を旅すること、そしてこの世界は物質の次元、エネルギーの世界からできていることを実感し、エネルギーの世界も生きることで、物質世界をより(現生利益も含めて)楽しんだり、物質世界の苦労を味わったり、エネルギーの世界を探索してエネルギーの流れを感じたり、非物質の存在と出会ったり。
この物質世界だけが全て、という思い込みを超えて、より豊かで楽しい生き方を可能にするものです。
肉体を超えて宇宙とつながる大周天
編集人の場合は、小周天の修練中に大地の奥深くに(イメージで)パイプラインを通し、そこからマグマのパワーを取り入れると、気のパワーをブーストできることに気づきました。
<過去記事>
【気の修練法】イメージの力で大地とつながり、地の気を取り込む
のちに地の気を活用していると知ったのですが、これで人と地球のエネルギー的なつながりを実感できます。
もともとこちらが忘れているだけで、この地球で生きるものは誰でも、地球と気のエネルギーでつながっているのですが。
もう1つ、頭頂部に百会(ひゃくえ)というツボがあります。
これはヨガでいうサハスラーラチャクラと同じところ(丹田とヨガでいうチャクラは完全一致しないこともあります)で、宇宙と人間をつなぐポイントと言われています。
額の裏には上丹田があり、そこから百会を通って宇宙とつながり、天の気を取り込むことができるようになります。
<過去記事>
つまり、うまく天と人と地が気の経路で結ばれ、エネルギーが通り、カタカナの「エ」の字のようにつながるわけです。
この状態が大周天です。
小周天で体内で自在に気を練ったり感じたりできるようになり、その気のエネルギーレベルを高め続けていると、自然に丹田(またはチャクラ)が天地とつながり、外界とエネルギーを交流するようになるというわけです。
大周天のレベルを深めていく
ただし、どれだけ気の経路が開いて、天の恵みを受け取ることができるか、またどれだけ感覚が開発されて、精妙な高次元の気のエネルギーを感じられるか。
それは、修練の度合いや個々人の特性によってかなり個人差があります。
そのため、小周天の後に天と地とのパイプラインがつながって気のエネルギーをやり取りできるようになるのは、わりとすぐにできますが、そのパイプラインから、滞りなくクオリティの高い天地の気を自在にやりとりさせるのは、そう簡単ではありません。
さらに、我々凡夫にはどうしても潜在意識に思い込み、囚われ、歪みなどエネルギーのスムーズな流れを妨げる障害物、いわゆるメンタルブロックがあります。
そのため、日々の気の修練の中で、
- 気のエネルギーを強め、自在に流したり、しっかり流れを感じられるようにする
- 気の流れを感じる中で、身体の硬結や潜在意識の歪みや異物として存在するメンタルブロックに気づく
- 気のエネルギーでブロックを破壊したり、瞑想やヘミシンク等の技法で潜在意識を旅し、自分のインナーチャイルドと良好な関係を作り直す
といった旅を通じて、よりスムーズに、より良質のエネルギーがスムーズに流れるように、少しずつ自分を拡げていくといいでしょう。
でも楽しむことは決して忘れないでください。
別に昔の修行僧のように、苦労して自分をいじめ抜かないと技量が身に付かないということは、全くありませんので。
場合によってはその執着自体が、新たな、しかも強固なメンタルブロックとなって、気のエネルギーのスムーズな流れを妨げるリスクがあります。
仙道の古書などを読むと、修行の進んだ仙人が、この世のしがらみどころか輪廻の輪から出て雲のように軽くなって昇天したり、そのまま虚空に消えていく「還虚」(かんきょ)という段階が描かれています。
ここまで現実的に行けるのかは分かりませんが、少なくても自分の中の偏見や囚われから解放されて、軽やかに自由に、そして心身ともの健康に生きていくというのが、1つのゴールになるかとは考えています。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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